京都ええもん
京都の言葉について

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京のことば

ことばの温かさの上に守られている伝統の美
京ことばは千二百年以上の時空の中で、とてつもない物語を蓄積してきました。たった一言のことばの中に、森羅万象が宿っています。京ことばの森に足を踏み入れてみましょう。


京のぶぶづけ(お茶漬け)

訪問客が帰ろうとするとき、「まあまあ、ぶぶづけでもいっぱい」と引き留める。そのことばには実は細やかな気配りが隠されている。次の予定があって、早く切り上げなければならない訪問客を、お愛想でも引き留めれば彼は急いでいる事情を説明しなければならない。だが「ぶぶづけでもどう?」と言われれば、「どうぞおかまいなく」と一言ですむ。何ごともなごやかに、スマートにというインテリジェンスだ。


じゅんさいなお人

じゅんさいという野菜をご存知だろうか。これはむるっとしていて箸でなかなかつかめない。そう、つかみきれない人の意である。しかし、面と向かって「つかみきれない」と言えば角も立つが、「じゅんさい」だと言われると、なごんでしまう。


はんなり

たとえば、太陽の光を若葉で透かせば葉脈が浮かび上がり、なんとも言えない色合いになる。そこにはいろんな色があり、あいまいな色がたくさん重なることで新しい一つの色が生まれる。しかし「はんなり」はその色を指すのでなく、それを感じている人のこころ模様を「はんなり」という。本当に美しい色はまわりと調和して、あらたな色や輝きを生み出す。


すいば

「すいば」とは自分のすきな場所、居所という意。馴染みの店などを指す場合は、自分だけの秘密の店、隠れ家という意味で使う粋(すい)な人もいる。


どんつき

これは袋小路の突当たりのこと。京都の町は「碁盤の目」とよく形容される。しかし、よく見ると疎のマス目のなかに毛細血管のように路地がのびている。碁盤の目をつくっている大路小路に面して大店(おおだな)がならび、その間を縫うように職人の住む路地がある。路地はそのほとんどが、どんつきで終わる。


おおきに

職人たちは、さまざまな工芸や料理、菓子の世界で、京都という風土といかに調和して美しさを生み出すかということに力を注いできた。生み出されたものは、まさに美の結晶である。それらをいただく時に「おおきに」ということばは欠かせない。これはお金をいただく方、商品をいただく方、両方が「おおきに」なのである。この温かさの上に京都の伝統は守られてきた。京都の店で買い物をいた時、一度「おおきに」とひとこと言ってみよう。その場にはきっと、はんなりとした空気が漂うはずだ。そして京都がもっと好きになるはずだ。そのことを願って、それではこのへんで、「おおきに、ありがとう」。


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